山背古道探検隊・探検隊活動記録・あゆみ

'95年の歩み



1月 構想公表
5月 旗揚げシンポ
10月 まるごと探検
11月 サイン大会
12月 今様絵馬展



「山背古道」構想、公に('95年1月3日)

 京都府、城陽市、井手町、山城町、木津町で練ってきた「山背古道構想」が、95 年お正月(1月3日)京都新聞の1面トップ記事で公表され、山背古道がスターとし ました。  以下がその内容(まとめ)です。
「京都府が『山背(やましろ)古道』構想をまとめた。南山城地方の山際を貫く里道 を再生し、散策する人に地域の歴史文化や自然に触れてもらうのがねらい。構想を受 け、地元の城陽、井手、山城、木津の4市町は同古道推進協議会や、学識経験者と住 民による「山背古道探検隊」をつくる方針を固め、古道を通したまちづくりに取り組 む。」


山背古道推進協議会発足('95年5月11日)

 各市町が連携をとりながら、山背古道を再生して個性的なまちづくりを推進してい こうと、城陽市、井手町、山城町、木津町の1市3町は、95年5月11日、山城町福祉 センターで山背古道推進協議会を発足させた。会長には、山城町長藤原秀夫が選ばれ た。
 協議会は、埋め込みサイン整備で古道の再生を進めるともに、案内所を設けたり、 情報誌を発行したり、歴史的な環境を整備するなどして、地域のまちづくりに役立つ 事業を3カ年計画で推進していく予定である。


旗揚げシンポジウム('95年5月28日)

 山背古道車座談会と銘打って、山城町棚倉の涌出宮の拝殿で200人が参加して旗揚 げシンポジウムが開かれました。テーマは「山背古道の謎と魅力」。
メインコメンテーターに京都橘女子大学長門脇禎二さん、京都精華大学の橋爪紳也さ ん、山城町教育委員長中津川敬朗副隊長、杉並区で「知る区ロード」を手がけてきた 木村邦夫さん、歴史好きの高校生久田陽子さん、京都府企画環境部次長の奥原恒興さ んを迎えて楽しく語り合いました。
 「南山城は京都と奈良のとの単なる通過地域ではない。歴史的に見ても風土豊かな 地域で、自分の視点で散策すれば新しいものが見つかるはず」(門脇禎二さん)など 、探検というユニークなキーワードに注目があつまりました。
 以降、山背古道の集まりは、円を組んで親しく話し合うことがモットーとなったの も大きな収穫でした。


山背通信発行('95年9月29日)

 山背古道の情報紙として、「山背通信」第一号が発行されました。コンパクトでた っぷり情報が詰まったモノがいいということで、A4三つ折りのデザインとなりました 。第一号は秋のまるごと探検特集が組まれました。
 これにあわせて、山城特産の竹を使って山背古道ポストがボランティアの手でつく られ、駅などにおかれました。ここに山背通信をおいたり探検報告を投函してもらお うという考えでした。(残念ながらその後ひび割れするなどして今は姿を消しつつあ ります)


秋のまるごと探検('95年10月8日〜11月19日)

旗揚げシンポで山背古道のキーワードとされた「探検」がどれほどの可能性と楽しさ を持っているか試しにやってみようということで、一連の企画が実施されました。以 下順を追って見てみます。

1.山背の色探検(10月8日)
 山背古道かいわいの野の草花を楽しむことを目的にした探検で、草木染をセットに すれば新しい視点で見れるのではということで企画しました。せいたかあわだち草と いう普段嫌われている花から鮮やかな黄色のハンカチが染め上がったのには参加者も びっくり。山マーク入りのハンカチが案内所に備え付けられる日も遠くなさそうです 。

2.山背国一揆探検(10月15日)
 この地域の歴史を代表する「山城国一揆」の謎を探ろうとした探検です。山城国一 揆研究会の中津川先生と小説「山城の国一揆」で紫式部文学賞を受賞された東義久先 生がチュータでした。歴史に興味のある小学生も参加しました。上狛の環濠集落や最 古の土塀がある松尾神社などゆかりの地を巡りました。少々専門的になったきらいが あり、国一揆のもつ意味や当時のイメージを思い浮かべたいと願って参加した人には 難しすぎたという反省もありました。

3.山背路上観察隊(10月22日)
 トマソンで有名(?)な路上観察。それを山背古道で試みようとした探検です。場所 は古くからの集落である井手町玉水。若い人を中心に約30名が参加。4班に分かれて 町中をうろうろして、最後に合評会をしました。建物の横木を支える「もちおくり」 の分布をたどる正統派から、橋のない橋台あとを見つける発見派まで活気に満ちた探 検となりました。それを知らない人に謎かけていくことがきっと2倍楽しいのでしょ うね。

4.山背とことんウォーキング(10月29日)
 山背古道20kmを全部歩いてしまおうという企画。南は木津のいずみホール、北は城 陽の長池駅が出発点。それぞれ違う色の山マークを胸につけて参加者が朝10時に同時 スタートしました。途中で反対側から来た人とそのマークを交換します。その単純な ゲームが結構楽しく、初対面の人とも話がはずみました。途中、臨時まちかど案内所 となったところでのお茶の接待も良かったです。 参加者は総勢150人、中高年の方 も多く、歩くことへの関心の高さがしれました。

5.山背文化財探検隊(11月4日)
 国指定の文化財もいいかもしれないけど、もっと地域の人が誇りに思って愛着のわ く文化財があるはずだ!、ここ山背古道にも。という発想でやられた探検です。場所 は木津のまちなか。昔奈良の港として栄えた由緒あるところです。渋柿からとれる番 の化学製品の「柿渋」を初め、江戸明治大正の混成様式を備えた料亭「川喜」(昔は 木津港のほん岸にありました)、農民の晴れ舞台として希な配置をした岡田国神社の 旧拝殿など、今に生きる(あるいは活用できる)素敵な文化財が見つかりました。

6.古墳時代探検隊(11月19日)
 山背古道沿いは、京都でも最も早く開けた地域。京都市内では考えられないほどい っぱい古墳があります。その古墳を正しく見る眼を養おうという目的の探検が、古墳 群が点在する城陽市で開かれました。市教育委員会の専門家のリードで市内東部丘陵 の住宅地内にある久津川古墳群を楽しく巡りました。


手づくりサイン大会('95年10月中旬〜11月中旬)

 山背古道再生の最初の大事業(?!)が、ルートを示す陶板を埋め込むことです。それ も、単にルートを示すだけでなく、発見することが楽しくなるようなものをとの願い から、子ども達の手作りで作ってもらうことになりました。
 4市町の秋のお祭りの会場を借りるなどして、集まってきた子ども達。直径約20cm 、厚さ約10cmの粘土に、思い思いのデザインをしていきます。ルールは山マークを入 れることと、彫りすぎないこと、周囲(2cm)を削らないことだけ。楽しい陶板がた くさんできました。
 陶板はその後1カ月ほど乾燥された後、しっかりと焼成され、自動車がのってもび くともしない堅さとなり、古道に埋められました。どこに自分の陶板があるかを探す 探検も今度企画されることでしょう。
 なお、この大事業、3カ年かけてやられる予定で、最終的には40m間隔で埋められ ることになっています。


今様山背絵馬展('95年12月下旬〜お正月)

 京都精華大学の大学院生が和紙や拓本、ビニール傘などで6点の今様絵馬を作って 井手町多賀の高神社に奉納しました。地域に点在する神社は、山背古道の魅力を醸し 出す大切な宝物。今でもコミュニティーの核として役割を果たしているこの神社を、 現代人が再認識できるようなことができないか。その手段として新しい神社の風景を 提案しようと企画されたものです。 拝殿にたらされた古道沿いの古道標を写し取っ た拓本や、和紙の短冊が舞殿に吊るされ風に舞う姿を見て、静寂な森につつまれた神 社の美しさをあらためて納得した人が多かったののではないでしょうか。
 この今様 絵馬展、高神社の初詣の際、大勢の人にご披露されました。

 

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